STORY

水槽づくりの舞台裏から見る
「生き物たちのいのちを支える仕事」

2025.11.17

水槽用パネルを磨く様子(※他水族館での施工事例)

葛西臨海水族園では、2028年のリニューアルオープンに向けて、各分野のプロフェッショナルである事業者が集まって準備を進めています。その中で、新しい水族園の水槽づくりを担うのが、これまで国内外の水族館で数多くの水槽を手掛けてきたNIPPURA株式会社です。
水族園の生き物たちの家となり、そのいのちを支える水槽づくりには、どのような思いが込められているのでしょうか。
これから本格的に始まる新しい葛西臨海水族園の水槽づくりについて、つくり手としての思いを語ってもらいました。

「安全性」「耐久性」「透明度」を重視した水槽製作

これまではどのように水族館の水槽をつくってきたのですか。

NIPPURA:

私たちがつくっている水槽は、厚さ3~4cmのアクリル板を何枚も貼り合わせた特殊なパネルでできています。水族館の大水槽のような、1枚物では輸送できないサイズのパネルの場合は、複数の水槽用パネルを現地でつなぎ合わせ、建物に取り付けます。次に防水工事などを施し水槽を完成させます。一般的には、水族館のコンセプト決めから水槽の設計、建築、展示する生き物の飼育、開園までの期間は5~10年くらいです。水槽の現場施工期間だけをとっても、大型の水槽なら1年以上、小型の個別水槽でも3か月程度はかかります。

巨大な水槽用パネル製作の様子 (※他水族館での施工事例)
パネルの厚さは60cm以上になることもあります。

水族館の水槽づくりにおいて、大切にしていることは何ですか。

NIPPURA:

癒やしの空間であり、生き物のいのちを育む水族館は、万が一にも事故が起こってはならない場所です。また、大水槽は、一度設置して生き物の飼育を始めると、水を抜いてパネルを交換することができません。そのため、安全性と耐久性を非常に重視し、パネルの製作から搬入、施工に至るまで自社で一貫して行っています。もちろん、生き物の健康に悪影響を及ぼすおそれのある資材は一切使用しません。水槽の設置から年月が経ち、メンテナンスが必要になったときも、ダイビングライセンスを保有する自社社員が水槽に潜って点検や補修などを行います。水槽づくりのすべての工程に責任を持って携わることは、NIPPURAのポリシーでもあります。

加えて、水槽の透明度の高さもこだわりのひとつです。水族館の主役は生き物ですから、水槽用パネルはできるだけ“見えない”のが理想です。大型水槽のパネルは数千~数万トンの水量を受け止めるため、厚さが60cm以上になることもありますが、さまざまな技術を駆使して、どの角度から見ても厚みを感じさせないような透明度の高さを実現しています。パネル製作の最終工程では、熟練の技術者が目と手のひらの感覚をフル活用し、手作業でガラス面のように磨き上げます。

水族館の大水槽に使われるパネルも手作業で磨くのですか。

NIPPURA:

意外に思われるかもしれませんが、大型水槽用のパネルづくりは、全工程の9割以上がハンドメイドです。工場というより、工房での製作といったイメージに近いかもしれません。

水槽用パネルのサイズや形は、水族館ごとに異なります。そのような一点モノの水槽をつくるには、どうしても人の手が必要になるのです。特に、最終工程の研磨作業は、手作業の方が機械仕上げよりも仕上げ精度の面でより高品質になります。

水槽用パネルを磨く様子 (※他水族館での施工事例)
熟練の技術者が手作業で磨き、高い透明度に仕上げます。

生き物の姿をありのままに見せる水槽用パネル

これから本格的に始まる、新しい葛西臨海水族園の水槽づくりについて、意気込みを聞かせてください。

NIPPURA:

葛西臨海水族園のリニューアルにあたり、NIPPURAは、水槽用パネルの製作と、「躯体防水ライニング」と呼ばれる水槽内部からの水漏れを防ぐ工事などを担当します。安全性や耐久性を優先したうえで、設計コンセプトをしっかりと形にするには、パネルの厚みや加工、施工方法など、いろいろなことを考慮しなければなりません。設計や建築、設備配管といった各事業者と連携し、協力しながら検討を進めています。

水族館の水槽の中にはデザイン性が高いものもありますが、生き物の姿をより自然に見せられるのは、フラットなパネルだと思います。新しい葛西臨海水族園の水槽も、多くがフラットなデザインです。ただ、フラットな水槽はシンプルな分ごまかしがききません。たとえば、カーブしている水槽ならあまり目立たないような、わずかな歪みや小さな傷も、フラットな水槽ではすぐにわかります。「細心の注意を払って取り組もう」と、社員一同とても張り切っています。

さらに、アクリルには、温度の変化によって伸び縮みする性質があります。水槽が大きいほど伸び縮みの幅も大きくなるため、季節や気温、天候などにも注意が必要です。たとえば、アクリル板を工場で切るときと現場で取り付けるときの気温が違うと、サイズが変わってしまい、うまく取り付けられない可能性があります。また、水槽用パネルを取り付ける工事を真夏の猛暑日に行った場合、生き物の展示に適した水温に下げるとパネルが縮んでしまいます。このようなアクリルの性質を踏まえ、温度の違いによる伸び縮みを計算して取り付けるのも、私たちの腕の見せ所です。

新しい葛西臨海水族園には、パネルの搬入が難しい水槽や、限られた狭いスペースで工事をしなければいけない水槽などもありますが、ハードルが高ければ高いほど、「どうやって解決しよう」とモチベーションが上がりますね。

水族館へ巨大な水槽用パネルを搬入する様子 (※他水族館での施工事例)

楽しさや面白さを学びのきっかけに

来園される方々に見てもらいたいポイントはありますか。

NIPPURA:

私たちがつくる水槽用パネルは、目立たない、意識されない黒子であることで、主役である生き物をありのままに見せます。言葉にすると矛盾するようですが、「見てもらえない」ことが、注目していただきたい最大のポイントです。まるでパネルが存在しないかのような、海の中にいるような一体感を感じていただけたらうれしいです。

見所のひとつに、サンゴとそれを取り巻く生態系を再現した大水槽があります。このサンゴ大水槽では、生きたサンゴを横からだけではなく、上からも見られる展示になる予定です。
まるでサンゴ礁の海に入っているような臨場感を実現できるように、水槽の製作に取り組んでいきます。

水族園という公共施設に関わる事業に、どのような意義を感じていますか。

NIPPURA:

水族園のような公共施設には多くの人が集まり、周辺エリアも含めた経済波及効果も大いに期待されていると思います。そのような意味では、ひとつの施設のプロジェクトにとどまらず、まちづくりの一端を担っているという自負があります。新しい水族園にはきっと多くのこどもたちが訪れ、感動や喜びの笑顔があふれる場所になるでしょう。そして、その楽しさの中から、生き物や環境の大切さを感じてくれるはずです。私たちがつくる水槽が、そのような機会を提供する一助となることに、非常に大きな意義を感じます。

新しい葛西臨海水族園では、来園者にどのような体験を届けたいですか。

NIPPURA:

地球は表面の多くを水で覆われており、水の生き物について学ぶことは、私たちを取り巻く環境を知るうえでもとても重要です。でも、こどもたちをはじめ来園する方々のすべてが、はじめから「勉強しよう」と思って水族園を訪れるわけではないのだろうと思います。「楽しそう」「面白そう」と足を運び、展示を通して興味を持ち、気づけば自然と理解が深まっている――そんな体験こそが、水族園の理想のかたちのひとつだと思います。水族園の水槽は、その興味のきっかけを提供するものです。生き物の生活環境を第一に考えた水槽をつくることで、結果として展示はより魅力的に、面白くなります。

葛西臨海水族園のリニューアル事業に参画するにあたり、私たちは「皆さんに素敵だと言ってもらえる水族園をつくりたい」という思いで取り組んでいきます。新しい水族園が、世代を問わずたくさんの方々に「素敵」と思ってもらえる場所になれば、これほどうれしいことはありません。

※掲載している写真は、新しい葛西臨海水族園の水槽の写真ではありません。新水族園の水槽は、現在製作を進めています。

Future Aquarium Journal 葛西臨海水族園 リニューアル特設サイト