TALK
海と人とがつながる場所――
葛西臨海水族園から考える自然との向き合い方
2026.03.10

水族館は今、魚の展示施設という側面だけではなく、人と海の関係性を学び、再考する場としても注目されています。気候変動や生態系の変化など、私たちがさまざまな環境課題に直面している中、水族館にも新たな社会的役割が求められているといえます。これからの葛西臨海水族園のあり方について、リニューアルプロジェクトに関わる愛媛大学SDGs推進室 副室長・特命教授の佐藤哲さんと、東京大学大学院で社会的・文化的な側面から環境を研究する環境学博士の福永真弓さんにお話をうかがいました。
多角的な視点から「海とつながる力」を育む水族園へ
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佐藤哲さん(以下、佐藤):
私と葛西臨海水族園の関係は長きにわたります。園では初代動物解説員を務め、生き物について解説するほか、映像制作をはじめ、園のメッセンジャー的な役割も担っていました。例えば、魚の泳ぎ方、体の構造、雄雌の違いを探すといった園内ツアーのプログラムを組むなど、さまざまな角度から魚を観察するための工夫と提案を行ってきましたね。その後、調査係として魚の収集、南極の調査などの任を経て、2017年からリニューアルの検討会委員、アドバイザーのひとりとして葛西臨海水族園のリニューアルプロジェクトに関わっています。


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福永真弓さん(以下、福永):
私は地方出身なので、大学生になってから初めて葛西臨海水族園を訪れました。当時、地方の水族館には見て楽しめる、または珍しい魚の展示が多かったのですが、葛西臨海水族園は教育に重きを置いた水族館という印象がありました。

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佐藤:
開園当初から明確に教育を意識していたわけではないのですが、来園者に海の見方が変わるような体験をしてもらいたいと考えていました。葛西臨海水族園の特色の1つは世界中の魚の展示。日本になじみがない魚、水族(水にくらす生き物)をどう紹介するかを考えていましたね。しかし、それは一歩間違えると単なる展示になってしまいます。来園者に意義のある体験をしてもらうにはどうすべきかが大きな課題であり、ミッションであると捉えていました。
海の多様性、人との歴史を学ぶ展示の重要性
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福永:
昨今、自然関係の施設では、特にスペクタクルな部分だけが強調されていると感じます。水族館でも動物園でも、生物の楽しさや珍しさに焦点が当たりがちですが、実は人と自然のつながりにはいろいろな側面があります。例えば、サーモンを食べるとき、産地まで考える人はほとんどいません。しかし、実際にはトラウトサーモン(養殖されたニジマス)や紅鮭、銀鮭、アトランティックサーモン(大西洋鮭)など世界各地のサーモンが入っており、それらをひっくるめて「サーモン」とされているのが実情です。また、人や環境に配慮がないIUU漁業(Illegal(違法)、Unreported(無報告)、Unregulated(無規制)の頭文字をとったもの)で獲られた海産物だったとしても、マーケットに並んでしまっている。消費者からは食材としての水産物と海の関係性が見えないことに、大きな危機感を抱いています。

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佐藤:
おっしゃるように、食材としての水産物をはじめ、何らかの産業的システムに閉じ込められて、私たちからは見えなくなった自然はたくさんありますよね。これからの水族館には、珍しさや楽しさといった見る側にとって魅力的と考えられる展示だけではなく、海と人の関係性をオープンに見せることも重要な役割だと考えています。特に生物の展示を目的とした水族館では、「人」の存在が見えにくい。海洋生物と生息環境の保全活動に取り組んでいる人たちや、海とその周りで生きている人たちが培ってきた「海と生きる知恵」などを、手に取るように感じられる展示ができたら素晴らしいと思います。
例えば、ぼくが深く関わるアフリカや世界各地の魚が展示されているのであれば、現地で魚の保全活動をしている人たち、日本なら各地の漁師たちを招き、海洋生物との関わり方やどんな配慮をしているか、獲った魚の鮮度保持やケア方法などを解説してもらうなどはどうでしょう。水産業現場のリアルに触れることができたら楽しいですし、新しい視点が提供されると思います。福永:そうですね。例えば、漁師の分厚い手、海の風を読む感覚、天気を指す独特のボキャブラリーなどは、その地域で受け継がれてきた人々の叡智です。民俗学的な言い伝えの中には、自然と共生するための示唆が含まれていることもありますよね。だからこそ、人がどのように知恵を絞って共存してきたか、文化を育んできたかに目を向けることが重要だと考えています。
佐藤:食材になる、または見て楽しい魚には光が当たりますが、誰も見たことのない小魚や関心を持たれない海洋生物もたくさんいて、そちらのほうがはるかに多い。生物多様性があるからこそ、海全体が成り立っている。その成り立ちの上に私たちの生活があることを忘れないでほしいと思います。そして、海の不思議さ、まだまだ謎が多いという点がしっかり伝わるといい。実は私たちは、海についてよく分かっていないんだと、再認識することも大事です。

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福永:
海や湖などにいる生物の生態や、それらがどのように人々の食生活を支えてきたのかまで知っている人はそう多くありません。同じ魚でも季節や地域によって獲り方や食べ方が異なり、それぞれの美味しさがあります。ただ、そうした魚を食べるには人間の技術と知恵が必要。水族館も日本の水産業と食文化の観点から、各地域が培ってきた魚との関わり方を展示できると、より面白くなると思います。気候変動が激しい時代だからこそ、今、どこで何が起きているか、それが生態系や私たちの生活にどんな影響を及ぼしているかを知ってほしいですね。
気候変動時代の「海と人の新しい関係」を考える
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佐藤:
気候変動の話に触れると、残念ながら現状ではもう避けられようがなく、今後もダイナミックに変動していくでしょう。気候変動を前提とした上で、どのように海や海洋生物と向き合っていくかは個々の判断によると思います。もちろん、政策的な判断やルールも大事ですが、それ以上に個人の選択が重要になる。例えば、「私は持続可能な養殖のサーモンを盛り立てる」「僕は地元の魚を積極的に食べる」など、自分なりに海との関わり方を決めることが、より持続可能な自然との関係構築につながっていくと考えています。気候変動の課題だけにとらわれていると前に進めませんから、水族館で新しい海との付き合い方、食文化を創るといった流れを感じ取って、気候変動に適応できるような何らかの行動に結びつけてもらいたいですね。
福永:気候変動と同じく、自然や資源再生の課題も深刻です。例えば、サンゴ礁、藻場、干潟の再生についてもっと考える機会が必要だと思います。特に海の生態系にとって非常に重要な藻場の再生は喫緊の課題。藻場は、魚の卵や稚魚が育つ場所で、人間が利用するあらゆる魚種のほとんどが藻場を必要としています。しかし、地球規模の水温上昇や、沿岸の開発など、人の影響で藻場の生息が難しくなった場所も多く、日本中で藻場を再生する試みがされています。例えば、石川県の能登では、藻場がないと産卵できないアオリイカの生態を鑑みた藻場の再生が行われています。

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佐藤:
藻場がなくなる原因は、非常に複雑で場所ごとに違います。そのため、一概に水温上昇や人間による環境破壊が全ての原因とは言えません。例えば、ある地域ではウニが突然増殖し、藻類を食べてしまったというケースもあります。そうしたとき、藻をウニに食べられないように工夫したり、苗を植え付けたり、種を撒いたりして管理するのが人間の仕事でもあります。でも、藻場は生態系が複雑なので植えれば必ず再生するわけではないので、トライアンドエラーを繰り返すしかない。そこから学びながら改善して、なんとか再生につなげていくのです。
福永:自然保護や資源再生を考えるとき、「地球のためには人間がいなくなればいい。極力、自然に触れなければよいのでは?」という話も出てきます。でも、私たちがいいな、素晴らしいと思ってきた自然は、何百年、何千年と培われてきたものであり、実際に縄文時代の遺跡などを見ると、先人がどのように自然と付き合ってきたかが見えてきます。海においても、漁獲の行き過ぎはよくないですが、海と人間、双方にとって良いポイントを探求することが重要ではないでしょうか。
佐藤:その通りです。私たちにとって地球の自然は本当に大事なもの。資源再生は海を元に戻すことだけが目的ではなく、その結果として、人も生物も皆が幸せになる道を考えていきましょうということなんです。人間がいなくなること、何もしないことが自然保護ではなく、私たちが上手に生活することで、自然と人類の未来がより豊かになる。
葛西臨海水族園では、自然そのものの大切さに加え、人間がつくりだしてきた生態系や自然環境も実は素晴らしく豊かで大切なもので、未来につないでいく必要があることを、展示や解説の中で訴えていくことが核になるでしょう。
水族館が目指すべきは、来館者が体験を通じて、学びや発見を得られ、「自分に何ができるのか」を考えてもらうきっかけを得られる場となることだと思います。

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福永:
例えば、海産物関連の寄付チャンネル、藻場やサンゴの一口オーナー制度など、手軽に参加できるさまざまな再生活動をたくさん紹介してほしいですね。考えるだけではなく、私たちの小さな行動の積み重ねが、自然と資源の再生につながります。葛西臨海水族園が日本各地の水族館にこうしたムーブメントを起こすハブとして発展していってほしいですね。


佐藤 哲
1955年生まれ。愛媛大学 SDGs推進室 特命教授 理学博士
1985年 上智大学大学院理工学研究科博士課程修了 博士(理学)
1989年~1991年、1993年~1997年には、葛西臨海水族園 動物解説員、調査係として勤務。
マラウィ大学助教授、WWFジャパン自然保護室長、長野大学教授、総合地球環境学研究所教授などを経て2021年から現職。
専門は地域環境学、生態学、持続可能性学。
<好きな水族>:カンパンゴ(ナマズ目ギギ科)
アフリカのマラウィ湖に生息する大型のナマズで、産卵後、稚魚が一定の成長を遂げるまで雌雄で保護し、メス親が稚魚の餌となる卵を産んで給餌するという珍しい生態を持っています。水産資源としてもとても重要です。

福永 真弓
1976年生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学系 社会文化環境学専攻
環境社会学・環境倫理学研究室 教授 博士
2007年 日本学術振興会(特別研究員〈DC2〉)2008年 東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻博士課程修了(博士:環境学)
立教大学社会学部(助教)、大阪府立大学 21世紀科学研究機構エコサイエンス研究所(准教授)、大阪府立大学現代システム科学域(准教授,新学部への移動)などを経て現職。現場を重視したフィールドワークの実践と厚い記述による分析を通じて、人と自然の関係や環境倫理を問う活動に注力している。
<好きな水族>:白鮭(サケ目サケ科サケ属)
日本では親しまれている魚であり、人と長く付き合ってきた美しい魚です。
残念ながら、最近は日本で獲れなくなっています。