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ミュージアムとしての葛西臨海水族園

水族館の新たな可能性

2026.03.31

井上由佳さん(写真左) 端山聡子さん(写真右)

水族館と美術館は、展示内容は異なりますが、どちらも同じ「ミュージアム」の仲間です。ミュージアムは展示施設であると同時に、人々が楽しみ、学び、考え、つながる場として、その社会的役割は時代と共に大きくなってきているといえます。その中で、水族館はどのような学びを提供できるのでしょうか。

国内外の博物館の社会的・教育的役割を研究し、明治大学文学部で教壇に立つ井上由佳さん。東京国立近代美術館で教育普及室長を務め、多様な参加者のためのプログラムを開発・実践している端山聡子さん。お二人に、これからのミュージアムに求められる役割と、新しい葛西臨海水族園への期待を語っていただきました。

ミュージアムとしての水族館の魅力

井上由佳さん
(以下、井上):

水族館も美術館も、広い意味では「ミュージアム(博物館)」のひとつです。ただ、国内のミュージアムのうち約6割が歴史博物館(令和6年度文部科学省社会教育調査)ということもあり、「ミュージアム」と聞くと、古いものが並んでいる静かな空間を思い浮かべる方が多いかもしれません。水族館が、そのような一般的なミュージアムのイメージと大きく違うのは、生きている本物の生き物たちを、そのままの姿で見られることです。近年では、ミュージアムがウェルビーイング(※)推進の場としても注目されており、クラゲの水槽を見ることで癒やし効果があるという話も聞きます。“母なる海”を身近に感じられる水族館は、心ほどける非日常空間だと思います。

※身体的・精神的・社会的に良好な状態にあることを意味する概念

端山聡子さん
(以下、端山):

一般的に美術館では、来館者が展示の裏側を見る機会はあまりありません。一方で水族館では、生き物たちが暮らす姿を間近に見ることができます。以前、葛西臨海水族園を訪れた際には、生き物にエサをあげるスタッフの様子も見学しました。“美しい展示”として眺めるだけでなく、生き物がどんなエサをどのように食べているのかが自然に目に入ってくる、その設計がとても素敵だと感じました。

井上:

葛西臨海水族園では、展示されている生き物の情報を紹介するラベルが、水槽の状況に応じて貼り替えられるようにマグネットシートになっていますよね。一時的に水槽にいない生き物も、ラベルをはがさずに残し、「病気療養中」など不在の理由を掲示してもいいかもしれません。それを見た子どもたちに、「魚も病気になるんだ」「もっと大事にしなくちゃ」という気づきを与えるきっかけにもなりそうです。

これからのミュージアム運営に求められる来館者視点

井上:

ミュージアムには「収集・保管」「調査研究」「展示」「教育普及」という大きく4つの柱があります。ただ、これは役割というより業務なんですよね。今大事なのは、それらをどう意味づけるかだと思います。これまでは、専門家が「なぜこの作品が大切か」「なぜ保存が必要か」を語り、それを一般の方に知ってもらうというスタイルが中心でした。しかしこれからは、来館者一人ひとりが作品をどう受け止めるのか、その視点を丁寧にひもとき、伝え方そのものを考える必要があります。ミュージアムを、特別な人のための閉ざされた空間ではなく、もっと開かれた場所にするための取り組みが求められています。

端山:

おっしゃるように、長らく専門家主導で行われてきたミュージアム運営を、来館者や利用者の視点から捉え直す動きが広がっています。専門家と来館者の考えは、必ずしも一致しません。しかし、来館者が感じた疑問や実感は、時として、ミュージアムの運営や展示に活かせる貴重なヒントになります。ミュージアムにおいて、来館者や利用者に関する事柄は、「教育普及」や広報のセクションが担うのが一般的です。けれども、教育普及部門や広報だけに任せるのではなく、館全体で来館者とどう向き合うかを考え、循環を生む仕組みをつくることが、今の時代に合った運営につながるのではないでしょうか。さらに、コンテンツの専門性だけにとどまらず、社会の中でミュージアムが果たす役割や意義を、美術館や水族館といった枠を超えて伝えていく必要がありますね。

井上:

近年ではミュージアムも多様化し、エンタメ性の強い水族館も増えています。裾野を広げる意味では悪いことではありませんが、生き物をインテリアのように扱うだけでは、そこから先の気づきや変化にはつながりにくいのではないかと思います。生き物の中には絶滅の危機にある種も多く、水族館には生き物を守り、研究し続けている人たちがいます。そのような取り組みを伝え、「サポートするために何ができるか」を考えるきっかけを示すことも、水族館の役割のひとつだと思います。

端山:

ミュージアムの機能である「収集・保管」や「調査研究」の重要性は、職員には当たり前でも、来館者には見えにくいものです。だからこそ、体験型の施設も学術的な施設も、両方必要なのでしょうね。その点、葛西臨海水族園は、美しさや迫力のある展示と、きちんとした研究が両立していて、バランスがとれているところが魅力的だと思いました。奇抜さや派手さはなくても、積み重ねてきた歴史や重みを感じます。子どもも大人も楽しみながら、知識欲や好奇心を刺激する場所。その調和のとれた佇まいが新しい葛西臨海水族園にも受け継がれていくといいですね。

対話を通じて「生産的な学び」を提供する

端山:

学びを、モノを買うような「消費的な学び」と、何かをつくり出す「生産的な学び」にあえて区分してみると、ミュージアムは生産的な学びを提供できる施設だと思います。展示を見て「楽しかった」「きれいだった」と感じることはもちろん大切です。ただ、それだけで終わらず、何かを一緒につくる経験が加わると、学びの質は変わります。私はこれまで美術館で、資料整理や作品調査に関わる市民参加型プログラムをいくつか実施してきました。例えば、市民の方々と一緒に画家が使っていた画材を整理していくと、自然と「この画家はどんな風に制作していたのだろう」と対話が生まれ、理解が立体的になっていきます。ミュージアムの職員は、専門家として、そのような豊かな体験を提供できるはずです。従来の活動から一歩進んだ共同的な取り組みを進めることで、ミュージアムを支えてくださる方も増えていくのではないでしょうか。

井上:

ミュージアムの中でも、水族館は、家族やグループなど複数人で来館される方が多いですよね。展示を見ながら自然に生まれる言葉のやりとりも、対話のひとつではないでしょうか。大人も子どもも、グループだからこそ多様な見方が生まれますし、他の人の意見から気づきを得るような相乗効果も期待できます。

端山:

従来のミュージアム展示は、専門家が「こう見てほしい」と示すことが中心でしたが、来館者は決して白紙の存在ではありません。人生経験や知識の蓄積をすでに持っており、対話を通して展示を見ることで、気づきが深まったり、多様な解釈が生まれたりします。そして、それは専門家の見識とそれほどかけ離れていないケースも多いのです。ミュージアムで対話型鑑賞が広がった背景には、そうした可能性への期待があります。ただし、対話型鑑賞はあくまで方法のひとつで、万能ではありません。それぞれのミュージアムが何を目指し、どう使うのかが問われます。
例えば、美術館で「この絵はいくらですか」と尋ねられたとき、本当に知りたいのは価格そのものではなく、「なぜこの作品には価値があるのか」という問いかもしれません。言葉の表面だけではなく、その奥にある潜在的な関心を丁寧にすくい取る姿勢が、これからますます大切になるでしょうね。

井上:

水族館の中に、対話を促すような問いかけやキーワードを投げかける仕組みがあると面白いですよね。例えば、グループで魚の目の大きさに話題が集まったタイミングで、「なぜだと思いますか」とさりげなく問いを投げるような。答えを押しつけるのではなく、考えるきっかけを提供することで、会話が自然に広がり、生き物の生態や生育環境にも興味がわくのではないでしょうか。海外のミュージアムでは、親が子どもに問いかけられるヒントを展示に埋め込んでいる例もあります。そうした工夫は、日本でも参考になるかもしれません。

多角的なアプローチから生まれる、水族館の新たな可能性

端山:

水族館には、生き物を生物学的に見るだけではない入り口があります。例えば葛西臨海水族園には、友禅染が名前の由来となっている「ユウゼン」という魚がいます。また、江戸小紋には、「鮫小紋(さめこもん)」と呼ばれる鮫の肌のような文様があります。海に囲まれている私たちの文化の中には、波や魚の姿がさまざまな意匠として息づいています。このような色や形の面白さ、美しさから生き物に触れるアプローチもあっていいと思います。

井上:

ミュージアムの世界は、歴史博物館、美術館、水族館など、専門分野で区分されがちです。しかし、来館者の方々にとって、ミュージアムの区分はそれほど重要ではないでしょう。水族館で美術館のように魚を眺めてもいいですし、科学館で得た視点を持ち込んでもいいんです。新しい葛西臨海水族園は、もっと柔軟に、分野を横断するような視点で楽しめる場であってほしいと思います。まずは生き物の色や形を楽しみ、その中で「なぜだろう」という疑問が生まれたときに、専門的な説明が差し出される。そんな仕組みづくりができたら素敵ですね。

端山:

そうですね。まずは見た目から生き物に興味を持ち、そこから自然と関心が広がっていくような。南の海の鮮やかな魚の色彩、マグロの流線型のシルエット、イカの甲の白く軽やかな造形――魚が泳ぐ軌跡を線で描いてみるのも面白そうです。水族館には、まだまだ多様な切り口の可能性があると感じています。

井上:

一方で、海は人間にとって危険な場所でもあり、さらに現代社会が自然環境に与える問題もあります。そうした少し“ピリッとした”現実を、押しつけがましくなく伝えていくことも、水族館の社会的な使命だと思います。楽しさや自由さを大切にしながらも、大事なことから目をそらさない。新しい葛西臨海水族園は、そのバランスを保ち続けていってほしいですね。

井上 由佳

1976年東京都生まれ。明治大学文学部専任准教授。※本記事掲載後の2026年4月、准教授から教授へ

博物館学、博物館教育論、学芸員養成を専門とし、学校や地域コミュニティとの連携、博物館人材育成の国際比較など幅広い研究に取り組み、科研費等による教育現場と博物館をつなぐ研究と実践を進めている。慶應義塾大学を卒業後、ロンドン大学ゴールドスミス校で修士号、ロンドン大学教育研究所(IOE-UCL)でPh.D.(教育学)を取得。

<好きな水族>:エイ、サンゴ。どちらも家族との思い出がある生き物です。

端山 聡子

1963年神奈川県生まれ。東京国立近代美術館教育普及室長。
多摩美術大学卒業。平塚市美術館、横浜美術館を経て現職。

長年にわたり美術館教育普及の実践に携わり、市民参加型プログラムの開発、ボランティア育成、中高生プログラム、引きこもり等の生きづらさを抱えた若者のためのプログラムなど多様な活動を展開。

<好きな水族>:クラゲ。ふわふわと泳ぐ姿がユニークで、色や形も面白いです。

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